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【ASPJ】#1 共同代表 角田真住さん【インタビュー】

髪は女の命、という言葉があります。 皆さんは、そんな大切な髪の毛がなくなってしまうという想像をしたことはありますか? どんなふうに生活が変わっていくのだろうか。どうやって生きていけばいいのだろうか。 不安なことばかりが頭をよぎるかと思います。 しかし、その逆境の中でも自分らしく軽やかに生活している人も大勢いらっしゃることをご存知でしょうか。 今回は「髪の毛がなくなる」という壮絶な経験を経ても、女性らしさ、自分らしさを存分に楽しみながら生活している女性にお話を伺いました。 彼女の強さの秘訣や底なしの明るさから、“髪の毛がなくなる”という経験を紐解いていきます。

ASPJとは

今回インタビューに応じてくれた角田真住(つのだ ますみ)さんは、Alopecia Style Project Japan(以下ASPJ)」という団体を立ち上げた1人。ASPJはさまざまな理由から髪を失った女性に寄り添い、コミュニティ活動、イベント活動、講演活動などを行っている団体です。
髪を失った経緯は人によってさまざま。
脱毛症・抜毛症・乏毛症、薬の副作用などで髪を失い、一般的には肩身の狭い経験をしてきた女性が集っています。 しかし、”可哀想”というイメージではなく、「どうやったら症状を含めた自分を丸ごと好きになれるか」を考え、「Be happy, be beautiful」をキャッチフレーズに情報発信し続けています。

角田真住さんが語る「ASPJを始めたきっかけ」

今日はよろしくお願いいたします。
最初に、ASPJの活動内容やコンセプトをお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。
私たちは髪を失った女性の団体です。髪を失うといっても、皆さん馴染みがないと思うんですが、脱毛症・抜毛症・乏毛症とか、抗がん剤の治療の副作用など、いろいろな原因で引き起こされていて、少なくない方が髪を失っていらっしゃいます。そういう女性の方を対象にしている団体となっています。
そして私自身が多発性脱毛症という髪が抜けてしまう病気で、今から6年くらい前に発症しました。その時に“女性って髪がないだけでこんなに生きづらくなるものなのか”という違和感を感じたんです。私自身は何も変わらないのに髪が抜けてしまうだけで、急にかわいそうな人になってしまったことに、戸惑いました。そんな経験から立ち上げたのがこのASPJという団体になります。
今、代表しているのが多発性脱毛症の私と、抜毛症という自分で自分の髪を抜いてしまう症状を持った土屋です。私は髪が抜けてしまう症状に対して、彼女の場合は自分で抜いちゃうんです。
このように原因となる病気や症状は問わず、髪がなくてウィッグを使っているような女性全体を対象にしているのがASPJという団体なんです。
ウィッグを使っていると何が問題かというと、そのことを隠さなければならなくなってしまうことです。やっぱりバレるのって嫌ですから。人に言うことって難しいですよね。特にパートナーとか、職場の人とか。自分の大事なアイデンティティに関わる人や、生活の質に関わる人に対して言うことができないと、消極的になったり、行動に制約が生まれたりします。
すごく大事な関係に、“壁”ができてしまうのですよね。それが私はなんだか勿体無いなって。
あと本人的にはすごく元気でいつもと変わらないのに、髪がないだけで腫れ物に触るようになったり。急に生きづらさを感じてしまったりすることに強い違和感を感じたんです。 自分が感じてきたそういった違和感を解消したいなと思って始めた団体です。

ASPJだからこそ救えた女性の繊細な気持ち

角田さんのふとしたときに感じた“違和感”がタネとなって発足したASPJ。共同代表の土屋さんとともにASPJの活動を広めていくうちに、様々なケースの女性に出会うことができたといいます。
ASPJの活動を通じて出会った女性の多くは、“自分一人だと思っていた”と仰っていました。“こんな髪がない自分って私一人だ”と自分1人で抱えていたんですね。
私や土屋は、普通はオープンにしない髪の症状を、オープンにしてきました。“実は私は髪がないんです。脱毛症なんです”土屋だったら“私は抜毛症で、自分で自分の毛を抜いちゃう症状があるんです”って。そうやって発信したことで、“私もそうだったんです!”という方がたくさんいらっしゃって。たくさんの方からご連絡をいただきました。
“同じ人がいることって、希望になる、ホッとすることなのかもしれない”っていうのを感じて、この交流会を開催し始めました。回を重ねるたびに、新しい方が来てくださって。こういう場がもっとたくさんあるといいなと実感するようになり、今はとってもやりがいを感じています。

女子の根本は変わらない!マスカラかウィッグか

インタビューをしている最中に特に印象的だったのは、角田さんの底抜けに明るい表情と会場の活気あふれる雰囲気。暗い部分が一切感じられない雰囲気を不思議に思っていたところ、角田さんが「マスカラとウィッグ」の話を語ってくださいました。
こういう場だと同じ症状を持っている方だけで集まることができるので、“これって自分だけだと思っていたけれど、実はあるあるなんだ”ってことに気づいたり、悩んでいたことを共有できるんですよ。面白いなって思うのは、”こういうところ実は楽しいよね!“って共有ができるところ。髪がない人あるあるというか、私たちなりに面白いことがあったりするわけです。
「防災グッズにウィッグ入れなくっちゃ!風で飛んでいっちゃうかもしれない!」とか(笑
今まで嫌だなぁとしか思えなかったことも、人と共有することで、“あれなんかすごく楽しいな”ってこと、女性は特にあると思うんですよね。話して共感することで楽しむ、みたいな。そういう会話が多いから、女子会っぽい雰囲気が特徴かもしれません。女子ってメイク道具のマスカラについて何時間も話せたりしますよね。
“どのマスカラ使っている?”“この下地とこのマスカラ相性いいよ”とか。
そういう女子トークって、とてもハッピーなことなんですよね。これが、私達だと、ウィッグや他のヘアケア商品になるんですけど。自分を彩って楽しむことを、近くに同じ症状の人がいないために、自分1人で試行錯誤するしかなかった。でもASPJの交流会では、私たちだからこその女子トークをして、皆でシェアすることでハッピーになれる場なんです。
“ウィッグってこうすると使いやすいよね“”こういうアレンジかわいいよね“とか、ウィッグを使わない人とは話題にならないですよね。それをこの場だとシェアできます。 それって、”マスカラこう塗っているよ””このマスカラ塗りやすいよね”って、ワイワイするのと全く同じ感覚なんですよ。こういう女子ならではの、”かわいくなりたい”、”綺麗になりたい”を純粋に楽しめる場になれたらいいなと思っています。
髪の毛がなくて、ウィッグを使っていることは、決して惨めでかわいそうなことじゃない。自分を隠すためのものじゃなくて、自分を彩るもの、メイクと同じものって認識へスイッチできるんじゃないかなと考えています。だから交流会では、ウィッグのアレンジをしたり、メイクを教えていただいたりという内容を盛り込んでいます。
女性ならではの綺麗になりたい気持ちを大事にしたいし、髪がなくても当然できることにしたいなと思っていて。それをたくさんの人とシェアできればいいなと思っています。

角田さんのおしゃれの原点

お会いした日、角田さんは頭に花柄のヘッドスカーフを巻いていました。帽子とは異なり、頭に密着するデザインのヘッドスカーフは、「髪の毛がない」ということよりもそのおしゃれさに目が奪われてしまいます。
なぜ帽子やウィッグではなくヘッドスカーフを巻こうと思ったのか。「ASPJの代表」としての角田さんだけでなく、角田さん個人としてのお話も伺いました。
角田さんは、ある時からヘッドスカーフをおしゃれの一環として取り入れるようになったと聞いていますが、その時のエピソードや経緯を教えていただいてもよろしいですか?
髪の毛がなくなってしまったとき、私もウィッグをかぶるようになったんですが、最初のウィッグがあまり肌に合わなかったんです。特に夏はとーっても暑くて苦しくて。私はウィッグと男性のスーツが似ていると思ってまして。スーツってあまり着心地の良いものではないじゃないですか。だけど見た目は素敵だし、“行くぞっ!”っていう気持ちになったり。そういった面では必要なものだと思うんです。
でも、例えば家の中とか気心の知れた友達とゆっくり会うときとか、リラックスしたいときに心地良いものではないんじゃないかと思っていて、別の選択肢も欲しいなと思っていたんです。そんなときヘッドスカーフをアメリカのブログで見つけて、”ファッションとしてこういうのも素敵だな”と思ったんです。脱毛症のことを打ち明けられていた仲のいい友人と遊びに行くときくらいは苦しいウィッグじゃなくて、スカーフでもいいなと思って、身につけ始めました。
これが、”すっごいそれかわいいね!”と言ってもらって、今まで隠さなきゃと思ってウィッグをつけていたのと180度気持ちが変わったんですね。
おしゃれだねとか、素敵だね、似合ってるねって言われると、女性ってすごくときめくじゃないですか?明るい気持ちになれたし、そうすると表情も生き生きしてくるんです。 その私の表情で、脱毛症になったことで心配させてしまっていた周りの人も喜んでくれて表情が明るくなる。自分の表情ひとつで、周りの人も喜んでくれると感じることができたんです。女性にとって綺麗になって気持ちを明るくすることは、周りの人のためにもなるんだなと思って。なので、私はそのときからスカーフを巻いてファッションを楽しんでいます。
ただ、可愛くなるって言ってもモデルのようになることをめざすのではなくて、前の自分と比較して可愛くなるってことなんですが、それで生き生きできるなって感じました。すでに30代後半だった私ですらそうなのですから、女性なら誰にとっても大事なんだなと思います。
髪を失ってしまうと、“私なんてファッションには関係ないんだ”と思ってしまうことがあるかもしれないけれど”絶対そんなことないはないし、私達には私達なりにできるファッションがあるし、それはとても素敵なことだよ”というのを伝えたいなと思ってヘッドスカーフを身に付けるようになりました。
そのような経緯があったんですね!素敵なエピソードをありがとうございます。

コンプレックスの乗り越え方

お話を聞いていて、悩んでいたり苦しかった時期が想像できないくらい明るいなと感じました。もし宜しかったら、悩んでいた時期や苦しかった経験などをお聞かせいただいても宜しいですか?
やっぱり1人で抱えてる時期って辛いですよ。髪の毛がなくなってしまうなんて想像もしていなかったことですし。
特に私は髪の毛が自分のチャームポイントだと思っていたので。こまめに美容室にも行ってましたし、髪の毛は大事にしていたものの一つだったんです。でもそれがなくなってしまって、女性としての私らしさ、もなくなってしまったように思えました。それまで髪の毛は私らしさの象徴のようなところがあったので、やるせなかったです。
でもちょっと見方を変えたときに、そうじゃないのかもなって思えて。ヘッドスカーフやウィッグを楽しむって視点を変えるだけで、女性の嬉しさとかファッションの喜びって損なわれるものではないっていうことに気づいたときに、自分の中にストンと落ちたという感覚がありました。ちょっと見方を変えるだけでいいんだなって。
誰でもコンプレックスって持っていて、でもそれをどう誤魔化すか、どう生かすかって悩みますよね。髪を失う前の私も「目が小さい」「足が太い」ってコンプレックスがありました。髪の毛がないっていうのはそれと同じなんだと思ったときに、コンプレックスのレベルも下がったように感じました。
私にとっては髪の毛が抜けてしまったことも、目が小さいことも足が太いことも全く一緒のことで、どう頭を隠そうかってことと、足を隠しつつ少しでも綺麗に見える服ってどんなだろうって考えるのと一緒なんだなと思ったときに、髪のないことだけにフォーカスしなくてもよかったのかもって気がつきました。乗り越えるっていうのも大げさなんですけれど。ストンと腹に落ちた感じですね。
角田さん自身が髪を失ったときに行き着いた答えは、目が小さい・足が太いといったコンプレックスと一緒だったということ。
絶望的な気分になって、「自分だけが何でこんな目に…」と悲しみに暮れるのではなく、「どうやったらもっとメイクが上手くなるかな?」「ウィッグを自然に見せるにはどうしたらいいんだろう」と試行錯誤を続けていくうちに、現在のスタイルにたどり着いたといいます。
髪の毛を失う、というのは壮絶な経験のようにも思いますが、角田さんやASPJの方はそれを自然と受け入れて、その上で「自分らしさ」「女性らしさ」を追求している人が多いように感じました。

脱毛症や抜毛症で悩んでいる方へ

インタビューの最後に、脱毛症や抜毛症で悩んでいる方へのメッセージをいただきました。
最後にもう一つ。脱毛症や抜毛症で悩んでる方へアドバイスやメッセージを頂いてもよろしいですか。
来てみないとわからないことってたくさんあると思います。
実際に来てみると皆さん”こういう見方ができるんだ”っていうのを体感してくれるんですよ。
例えば、抜毛症の方だと、いつも「髪の毛抜くのはダメだ。やめなくちゃ」って自分を責めてしまいがちだけど、ASPJでみんなに会うと”どんな風に抜いた時が達成感がある”とか、私たちにはわからないフェチな部分で盛り上がってたりするんです。共有できると気持ちが楽になるところがあると思ってて、自分が異常だと思っていたことが、他にもたくさんあって”こういう自分でも良いんだ”って思える場所になれていると思います。
もちろん治すことは否定しないんだけど、治せなくてもそんな自分を否定しなくてもいいっていうか。“一人じゃない”を感じてホッとしてもらえたら良いなって思います。

– おわりに - 髪の毛をなくした女性が生き生きと過ごせる団体ASPJ

角田さんは、自分の姿に戸惑った日々も、悩みを共有することができなかった日々も、初めて仲間に出会って自身の悩みを打ち明けた日も過ごしてきました。
普通の人がしないような経験をしているからこそ、ASPJの代表として、2人の娘さんの母として、1人の女性としても輝きを放っているのではないでしょうか。
角田さんがおっしゃっているように、悩みやコンプレックスは人それぞれ。 それをどう受け止め、ともに生きていくかによって、人生観や自分を表現する幅が広がっていきます。
ASPJの参加はカミングアウトが必須なわけでも、ウイッグを外すことが条件でもありません。参加者一人一人の気持ちを大切にしている、そんなところに角田さんと土屋さんが抱いているASPJへの想いも隠されているのかもしれません。