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【ASPJ】#3 くおんさん【インタビュー】

皆さんは薬を飲んだ際、副作用を経験したことはあるでしょうか。
頭痛薬を飲んだのにお腹がゆるくなってしまった、薬が効きすぎて眠気に襲われたといった副作用は馴染みがありますが、“髪が抜けてしまう”という経験をしたことがある人は少ないかもしれません。
今回お話を伺ったのは、ある病がきっかけで髪を失うことになってしまった女性です。
彼女はインタビューの中で患った病の話や、脱毛が始まった時の心境、現在同じ症状で悩んでいる方に向けたメッセージを語ってくださいました。

ASPJとは

今回インタビューに応じてくれたのは、「Alopecia Style Project Japan(以下ASPJ)」に所属している”くおんさん”です。
ASPJとは髪を失った女性たちが主体となって、髪を失った女性たちのために設立した団体。
所属している女性たちは皆、脱毛症や抜毛症、薬の副作用などで髪の毛を失った女性です。
彼女たちが容姿を隠すことなく、個性を発揮しながら生きていくことを精力的に推し進めています。
2019年には『花王』の「花王社会起業塾の2019年度支援対象起業家」に採択され、髪を失った女性だけでなく、お子さんやその親御さんにも着目して活動の幅を広げています。

ASPJとの出会い

本日は宜しくお願いいたします!
最初に、このASPJを知った時期をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?
脱毛が始まったのは2年半ほど前からです。ASPJを知ったのは、『世界仰天ニュース』(日本テレビ)で(土屋)光子さんが出演されていた回を見たときです。その際にASPJの活動の中で脱毛症の方も参加しているのを知って、参加させてもらいました。
1回目の参加はいつ頃になりますか?
4か月前になります。
かなり最近参加されたのですね!
ASPJを知ってからは毎月参加させてもらっています。
毎回の活動が本当に楽しくて、涙あり笑いありの女子トークにはまってしまっています。
明るい雰囲気のオフ会はリラックスして臨めますもんね!
くおんさんは、ASPJの中でも比較的最近オフ会に参加されたメンバーです。
しかし、他の参加者との壁があったり、場に馴染んでいないという印象は一切受けませんでした。
アットホームで、髪の悩みをメンバー全員で共有できることこそが、ASPJの強みであり、魅力なのかもしれません。

脱毛は、誰しもある日突然はじまる

続いて、脱毛が始まった経緯をお伺いしてもよろしいでしょうか?
私は5年前に若年性パーキンソン病という国指定の難病になりました。
その治療薬で、進行を止める薬を飲んだら1%の割合で起こる脱毛になってしまったんですね。
その時の心境はどのようなものでしたか?
脱毛って急に始まるので、お風呂に入っていたら“足元がぴちゃぴちゃする”と感じ、脚に昆布が巻き付いているような感覚に襲われました。
それでふと足元を見てみたら、髪の毛がたくさん抜けていて…。
それが毎日続いていったという感じですね。
その当時は友人とか家族には相談されましたか?
いえ、今でこそ顔出しOKでインタビューでもなんでも答えられるようになりましたが、当時は“絶対に隠さなくちゃ!”という思いがありました。
隠したいという思いから、個室付きのウィッグショップに行ったりもしていましたね。
そうだったんですね!今は打って変わってカミングアウトをされていますが、それは脱毛が始まってからどのくらいの時期で決断されましたか?
今年の6月に某メーカさんの取材を受けたのがきっかけですね。
Twitterも最初は顔を隠して発信していたのですが、その取材を受けてから顔出しをして脱毛について発信しています。
カミングアウトした時、恐怖感はありましたか?
ありましたね。1つは、“この年齢で禿げるってなんだろう”という思い。
もう1つは、友人との縁が薄れてしまうのではないかという不安な思いです。
私はパーキンソン病という大きな病気になり、医師から将来は車いす生活や寝たきり、人工呼吸器の装着などの事態も想定していてくれと言われています。
その事実を友人に話したところ、徐々に疎遠になってしまった人達もいるんです。
なので、髪の毛のことでさらに友人が離れていくんじゃないかという恐怖がありました。
複雑な思いがありながら、カミングアウトに踏み切ったのですね。そのタイミングとしては、ASPJに入ってすぐカミングアウトでしたか?
1回目の参加では、カミングアウトできなかったのですが、皆さん結構(ウィッグを)外してらっしゃったんですね。
それを見ていて、1回目が楽しかった高揚感から2回目の参加の際に“私こんな感じなんですよー!”って外したんですよ。そしたら、“結構残ってる方だよ!”って受け止めてくれました。
そんなに明るく迎え入れてくれたのですね!
そうなんです、反応が明るくて安心しました。“かわいいモヒカンだ!”とか言われました。
皆さんの反応が決め手となって、2回目以降はウィッグを外して参加していたのですか?
そうですね、自分から会場に到着したら“あつーい!”って言いながら脱いじゃったりしていました(笑)
ここまでしっかりとカミングアウトできたのは、取材の一件が大きかったようですね。
私くらいの年齢でパーキンソン病になっている人って、ほとんどいないんです。
その上に薬によって、脱毛の割合に入ってしまう人って本当に数少ないんです。もし私以外にいたら、今でも苦しんでいる人がいるならば“1人じゃないよ”って伝えたいな、と思って。
カミングアウトしたことで、“絶対1人じゃないから、一緒に頑張ろうよ”って伝えたいと思うようになりました。
私にも家族だったり、友人だったり、パートナーだったり、支えてくれる方がいます。周りを見れば絶対に支えてくれる人がいるから、“心配しないでいいよ”っていうのを伝えたくて自らカミングアウトをすることにしました。
誰かのためになれれば、という思いからカミングアウトをしたんですね。
そうですね。私が発信することによって、病気の偏見が少しでもなくなればと思ってカミングアウトに踏み切りました。

普通の女の子として接してくれたパートナーの存在

パーキンソン病という大病と、副作用の脱毛に悩まされていたくおんさん。
誰にも相談できない時期も、カミングアウトを迷った時期もあったといいます。
そんなくおんさんの支えになったのは、くおんさんを“髪を無くした女性”ではなく“1人の普通の女性”として受け止めてくれたパートナーさんだと仰っていました。
症状が出てからカミングアウトをするまでの期間で、もし印象に残っているエピソードがあれば、聞いてもよろしいですか?
パートナーの存在が支えになりました。普通はわざわざ髪の毛を見たがらないと思うのですが、“ちょっと見せてごらん”って声をかけてくれたんです。
見せてみたら“一緒にウィッグを買いに行こう!”と言ってくれました。
そのあとはこっちが似合う、あっちも良さそうだね、とウィッグを通してコミュニケーションが取れるようになりました。ウィッグショッピングに付き合ってくれた以外にも“高そうなのを買わされそうになったら俺が守ってやるぜ!”とも言ってましたね(笑)
普段の生活の中でも、新しいウィッグの写真を送ると“前髪が少し重たい感じがする”などとアドバイスをくれて、一緒にウィッグについて悩んでくれています。
普通にショッピングをする感覚で接してくれていたのですね!
そうなんですよ!今ではネットで服を探す感覚で、ウィッグを選ぶのが日常になっています。
さらにパートナー自身も丸刈りになってくれたんです。“一緒の気持ちになりたい!”って言ってくれたのが、すごくありがたかったですね。
素敵なパートナーさんですね!今のくおんさんから、現在薄毛や脱毛で悩んでいる人に伝えたいことってありますか?
1人で抱えない方がいいよ、って伝えたいですね。
1人で悩む前に、笑ってくれるような仲間がいる中で話し合ったらうまくいくんじゃないのかなって思います。
私自身も最初は、ちょっと緊張や後ろめたさがあったので、そういう感情を突破できるASPJのような会や支えてくれる存在を1つ見つけた方がいいのかなって思っています。
あとは、心を軽くするためにネットの情報を見ることも一つの手だと思いますよ。

ウィッグ=死のイメージを覆してくれたASPJ

くおんさん自身は、ASPJに入って変化したところや成長を感じた部分はありますか?
私のいとこは、若年性乳がんでウィッグを付けていました。いとこが亡くなったことで、幼いころから「ウィッグ=死」という印象があったんです。
しかし実際ASPJに入ってみて、おしゃれアイテムなんだなって、ウィッグに対するイメージが覆りました。ASPJのおかげでウィッグをおしゃれアイテムとして捉えられるようになってからは、“脱毛も乗り越えられる!”って心の持ちようが変わりました。
うまく言葉が見つからないのですが、ウィッグと友達になる、ということを大切にしていけばいいと思います。

– おわりに - 貴方にとっての心のオアシスを見つけるということ

最後に「くおんさんにとってASPJとは」という質問をぶつけてみたところ、迷わず「心のオアシス」と答えてくださいました。
くおんさんにとってASPJは、自然な会話ができる場所。
ウィッグを外した素の自分を解放できる場所。
同じ悩みや不安を抱えた仲間がいる場所。
くおんさんがインタビュー中で何度も伝えてくれたように、大切なことは“1人で抱え込まないこと”です。 ASPJのような団体をはじめとして、家族・周囲の友人でも、ネットでも、自分の悩みを打ち明けられる場所を見つけることが、くおんさんのように前向きな人生を歩むはじめの一歩なのかもしれません。